🕰️ 「あの頃」に帰る、魔法の時間
過去の記憶を活用した認知症ケアの実践
「私はまだ30歳よ。家に帰って子どもたちのご飯を作らないと」— 認知症の方の口から、時折このような言葉が聞かれることがあります。これは、過去の記憶が鮮明になり、現在と混ざり合っている状態です。私たちはつい、現実に戻そうとして「もうここは施設ですよ」「今はお昼ですよ」と伝えてしまいがちですが、それはかえって利用者様を混乱させ、不安にさせてしまうことがあります。この記事では、この「過去の記憶」を、ネガティブなものとして否定するのではなく、**その人らしいケアを創り出す貴重な鍵**として活用する方法を解説します。
介護職の関わり方次第で、過去の記憶は、利用者様にとっての安らぎの場所へと変わるのです。
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1. 過去の記憶に「寄り添う」ということ
認知症の方にとって、今という時間は曖昧になり、昔の記憶が現実として鮮やかに蘇ることがあります。彼らの世界では、私たちは**「見知らぬ人」**であったり、**「昔の知人」**であったりします。この状況を理解せず、現実を突きつけてしまうと、利用者様は**「自分の世界を否定された」**と感じ、強い不安や混乱を招いてしまいます。
「現実を伝える」ことの危険性
「お母さんはもういないですよ」という現実を伝えた場合、利用者様は再び大切な人を失った悲しみを味わうことになります。これは、**「二重の悲嘆」**と呼ばれる状態です。この悲しみを何度も経験させることは、利用者様の尊厳を傷つける行為です。私たちは、彼らがいる世界を否定せず、その**感情に寄り添う**ことが求められます。
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2. 記憶を活用した個別ケアの実践例
利用者様の過去の記憶をアセスメントで把握したら、それをケアに活かしましょう。
事例①:元料理人のBさん
行動: 食事時間に「私は料理人だから、こんなご飯は食べられない」と食事を拒否する。
アセスメント: 過去に腕利きの料理人として、料理に強い誇りを持っていた。
活かしたケア:
- 食事の前に「先生、今日のこのご飯、どんな味付けがいいでしょうか?」と相談する。
- 一緒に味噌汁の具材を混ぜてもらうなど、簡単な調理作業を手伝ってもらう。
Bさんは「料理人」という役割を取り戻すことで、自尊心が満たされ、食事を穏やかに受け入れるようになりました。
事例②:元看護師のCさん
行動: 朝からずっと「夜勤だから帰る」と落ち着かない様子。
アセスメント: 若い頃、看護師として夜勤をこなし、多くの患者を支えていた。
活かしたケア:
- 「Cさん、お疲れ様です。夜勤明けでしたね」とねぎらいの言葉をかける。
- 「今日は皆さんの体調を見ていただけますか?」と、ナース服に見立てたエプロンを渡し、他の利用者様への声かけを頼む。
Cさんは「誰かを助ける」という役割を果たすことで、目的意識が生まれ、不穏な気持ちが落ち着いていきました。
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3. 過去と現在を繋ぐ「タイムトラベルケア」の原則
過去の記憶を活用したケアは、単なる「思い出話」ではありません。以下の原則を意識しましょう。
原則① 感情に焦点を当てる
「何歳の頃の話ですか?」と事実にこだわるのではなく、「その頃は楽しかったのですね」「大変でしたね」と、**その時の感情に共感**しましょう。
原則② 行動を「目的」に変換する
「家に帰りたい」という行動の裏にある「目的」(例:家族を守りたい、役割を果たしたい)を見つけ出し、別の形でその目的を達成できるように促します。
原則③ 物理的な「きっかけ」を用意する
昔の写真、慣れ親しんだ道具、好きな音楽など、五感に訴えかけるアイテムは、過去の記憶を引き出す強力なツールです。
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💖 まとめ:介護は「時間旅行のナビゲーター」
🧭 認知症の方は、過去という時間の中を旅しています。
私たちは、その**「時間旅行のナビゲーター」**なのです。
✅ 過去の記憶を否定せず、**その感情を尊重**する。
✅ 過去の経験から、**「その人らしさ」**を再発見する。
このアプローチは、利用者様の心を深く満たし、
穏やかで充実した時間を作り出す、
介護職にしかできない特別なケアなのです。